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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(オ)234号 判決 1951年6月26日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

理由

上告代理人原矢八の上告理由第一点について。

論旨は、被上告人が本件農地を取上げたのは「自己の食生活の不足を得る手段として選定した自作に過ぎず」と主張するけれども、現行制度が保有米を農家に認めている趣旨を考え合わせてみれば、仮りに被上告人が所論のような目的を以て本件契約の解除をしたものであるとしても、その一事だけではこの契約解除を無効とする理由にならない。また被上告人が賃借人関留吉に対して「地主が一年だけ耕作すれば翌年から再び小作さすから」と申向け同人をしてその旨誤信せしめて欺瞞し取上げを完了しながら翌年より再び賃貸することなく自作を継続し来つたものであるという所論の事実は、原審の認定していないところである。更に関留吉は被上告人に本件農地を返還することを理由として、関与吉郎に賃貸していた農地の返還を請求したものであること、関与吉郎の証言によつて認め得られるところである。それ故に関与吉郎の農地返還を本件契約の解除に関連あるものと判示した原判決には所論のような違法はなく、この点に関する所論は原判決の事実認定を非難するに過ぎない。要するに論旨いずれの点も理由がない。

同第二点について。

原判決が、本件農地を被上告人に返還しても賃貸人関留吉の生活の維持に困難を来たすものとは認められないと言い、また被上告人は本件土地を失うことによつて生活状態が悪くなることが推認できると判示したのは、本件契約の解除が農地調整法附則三条二項二号にいわゆる適法且つ正当であると認められる場合にあたることを説明するためであつて、所論のようにこれを以て同法附則三条二項五号に該当するという趣旨ではないから、原判決には所論のように法規の解釈適用を誤つた違法はない。

また原判決は被上告人及び賃借人関留吉の双方につきその家族員数の農業経営能力、施設、耕作面積、増産見込、生活状態等を考量して本件の契約解除が適法且つ正当であることと認めたものであつて、その判断は正当である。それ故本件契約の解除につき被上告人は何等農地調整法上の正当な事由を有したものでないとの所論は理由がない。

なお論旨は、原判決には「個人の生活と謂う観念について甚だしき矛盾を示した事実誤認」があると主張しているが、原判決の事実認定につきそのような矛盾又は経験則に反する点は認められないから、論旨は採用できない。

同第三点について。

本件解約の当時(昭和二一年九月)には昭和二一年一〇月二一日法律四二号はまだ施行されておらず、同法によつて農地調整法九条に加えられた「承認ヲ受ケズシテ為シタル行為ハ其ノ効力ヲ生ゼス」という規定は行われていなかつたのであるから、解約に市町村農地委員会の承認を受けなかつたからとて、その私法上の効力には影響がない。のみならず本件解約は農地委員会の承認がないから無効であるということは、原審において上告人の主張していないところであるから、原判決がこの点に関する判断を示さなかつたのは当然である。論旨は理由がない。

同第四点について。

原判決は、所論のように、賃借人関留吉が一旦合意返還した農地返還につき賃貸借契約締結の承認及び賃借権設定を申請したことだけを指してこれを信義に反するものと判示したのではなく、同人が本件農地を返還したことを理由として関与吉郎から自己所有の農地七畝一二歩の返還を受けながら、更に一旦合意返還した農地について賃借権設定を申請したことを以て信義に反するものと判示したのであつてその判断は相当と認められる。仮りにそうでないとしても、原判決は既に本件解約を農地調整法附則三条二項二号にいわゆる適法且つ正当なものと認めているのであるから、関留吉の行為が信義に反するか否かは結果においては何等の影響もない。それ故論旨は採用できない。

同第五点について。

被上告人の本件解約に飯米確保という目的が含まれていたとしても、その一事だけによつて、これを公序良俗に反し、無効なものであるとする理由にならないことは、さきに第一点について述べたように、農家の保有米制度が認められている趣旨を考え合わせてみれば明かである。論旨は理由がない。

同第六点について。

原判決のいわゆる「合意解除」が被上告人の主張する「合意解約」を指すものであることは、判文自体により明白であるから、原判決には所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

以上の理由により民訴四〇一条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

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